明治44年、引作神社は、阿田和神社に合祀されることとなり、この神社にあった2本の巨大な杉の木と、この楠の巨木は、伐採されることとなりました。しかし、立派なこの楠を切ってしまうのはあまりに惜しいと、伐採の中止を望む声が広がり、それを聞きつけた南方熊楠は、民俗学の第一人者である柳田国男氏に書簡を送り、柳田氏は当時の三重県知事にこの巨木の伐採を止めるようはたらきかけました。こうしてこの大楠は生きながらえることができたのです。
引作の大楠は、幹まわり15.7mは、石垣の上の高さで測ったもので、三重県随一の圧倒的な太さです。平成2年に、新日本名木百選に選出されています。
2007年9月29日の暴風雨で、主枝の1本が折れるという被害に遭っていますが、それでもこの大楠の巨大さ、迫力は変わらないままです。
高さ40m、そして推定樹齢は1500年を数えます。
