『命の道と甦る熊野詣での心』
この度、日本で第十二番目の世界遺産として「紀伊山地の霊場と参詣道」が登録されましたことは誠に
慶ばしく、ご尽力いただいた和歌山県や新宮市はじめ関係皆様に対し、衷心より厚く御礼申し上げます。
熊野速玉大社では早速特別祭を執行して、ご神前に御奉告申し上げ、職員とともに、先人から受け継が
れてきた熊野の文化遺産を、過去のものとしてではなく、未来に向けて顕彰していく決意を新たにいたし
ました。しかし、大いなる歓びの一方でその責任の重さを思うと、まさに身の引き締まる思いであります。
熊野に生きる私達は、ともすると余りに身近すぎて、その素晴らしさに気付かずに過ごしてきたのかも
知れません。登録後、世界中からさらに注目が集まり、熊野の持つ魅力を語り合う活発な年月が流れて
いくことでしょう。しかし、どのような魅力があったとしても、訪れた人達を温かく迎え入れるその土地の気
質、土地柄というものがなければ、一時的に人を魅き付けることはできても永遠のものとはなりません。
熊野権現様への畏敬の心とともに、一人一人が感謝と思いやりをもって訪れる人にも自然に接していくこ
とが、今日から私達にできる最も身近で大切なことではないでしょうか。
また熊野古道を歩かれる方々にもお願いがございます。熊野古道は、中仙道や東海道のように人の
利便を目的として付けられた道ではありません。健者も弱者も、熊野権現の『罪滅と甦り』の信仰を求め
て、難行苦行を乗り越えながら、一人歩き、二人歩きと、熊野三山を目指して悠久の時を越えて印され
てきた命がけの足跡なのです。この『命の道』の向こうには、全てを受け入れてくださる尊い熊野権現様
が坐しますと、老いも若きも心勇んで歩いたことでしょう。観光の『観』という字には、『心の目で見る』とい
う意味が込められているのです。どうか皆さん、ぜひとも真の意味での観光で熊野詣にお出かけ下さい。
もはや、熊野は研究家の興味の対象だけでなく、またここに住まう私達だけのものでもありません。訪
れる信仰者、参拝者を含めた皆が共有できる誇りであり、悠久の歴史を経て受け継がれてきたかけがい
のない世界遺産なのであります。皆さんのご協力を得ながら、三社一寺と関係市町村、県、国が一体と
なって協力しあう体制づくりが望まれます。どうか、今後とも熊野の文化遺産の保存にお力添えを賜りま
すようお願い申し上げます。




熊野速玉大社大社宮司 上野 顕