御由緒
熊野速玉大社は、熊野三山のひとつとして全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮です。今から約二千年ほど前の景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨せられた元宮である神倉山から現在の鎮座地にお遷りになり、これより神倉神社の『旧宮』に対して『新宮』と申します。
御祭神は、熊野速玉大神(いざなぎのみこと)・熊野夫須美大神(いざなみのみこと)を主神に、十二柱の神々を祀り上げ新宮十二社大権現として全国から崇敬 を集めています。
特に、孝謙天皇の御世、日本第一大霊験所の勅額を賜り、熊野三山の中でも逸早く『熊野権現』の称号を賜りました。「権現」とは仮に現われるの意味で、神様は御殿の中のもっとも清浄な奥処に鎮まりましますので、私達の目にはそのお姿を直接見ることができません。そこでそのお姿を仮に仏に変えて、我々の住む俗世界に現われるという考え方が浸透していきます。
奈良朝末期にいたって、熊野速玉大神は衆生の苦しみ、病気を癒す薬師如来として過去世の救済を、またお妃の熊野夫須美大神は現世利益を授ける千手観音菩薩、家津美御子大神は来世浄土へ導く阿弥陀如来として位置づけられ、山伏や熊野比丘尼によって熊野権現信仰は飛躍的な拡がりを見せ、全国に数千に及ぶ御分社が祀られるにいたりました。
さらに、中世熊野信仰の興隆にともない、皇室、公卿、武士中心から庶民信仰へと発展し、過去世救済、現世利益、来世加護を説く三熊野詣こそ、滅罪・甦りへ の道であるとして、「蟻の熊野詣」の諺のごとく熊野街道は賑わったのです。
平成16年7月7日「紀伊山地の霊場と参詣道」として、世界文化遺産に登録されました。
御神徳
速玉は、神威盛んなりて、神徳映え輝くさま映霊の意なり。また冨栄え冨む、魂の急速なる成長の意。よって富貴隆昌、現世安穏、先祖慰霊、良縁結び、海上安全、病気平癒など、諸願成就の神格を持ち給う神名なり。
熊野詣の目的とは
熊野は、過去世・現世・来世にわたってお救いくださる神々のまします聖地です。この熊野へ通じる道=熊野古道は、東海道や中山道という謂わば国の中央幹線道とは異なって、巡礼者が一人歩き二人歩きしながら長い年月をかけて難行苦行をものともせずつけた信仰の道です。また道も遠くて険しいため、先達(案内人)や御師(宿坊)が一体となって全国的な参詣受入体制をつくり、熊野詣での巡礼者を迎え入れました。そして三山三世信仰に基づく熊野三山を巡拝してこそ、心と体が甦り人間本来の美しい姿に立ち戻ると考えられました。熊野が「美し国(うましくに)」または「癒しの郷」と称される所以であります。
ですから、熊野古道だけを歩くのであれば、それはあなたが今までに経験したことのあるハイキングと余り変わりなく、本来の熊野詣でとは程遠い感覚となってしまうでしょう。古道の目的地である熊野三社を巡拝することが大切なのです。
熊野速玉大社
速玉大神(過去世の救済・当病平癒)=薬師如来
夫須美大神(現世の利益)=千手観音菩薩
熊野那智大社
夫須美大神(現世の利益)=千手観音菩薩
熊野本宮大社
家津美御子大神(来世の加護)=阿弥陀如来
熊野牛玉宝印と神木ナギについて
熊野牛王(くまのごおう)は熊野権現にゆかりある烏を絵文字化した護符で、戦国時代からその形を変えることなく伝わります。熊野速玉大社の牛王は、四十八の烏文字で描かれているところから、よとやの神咒(かじり)とも言い、速玉大神の衆生を救わんとする願いが一羽一羽の烏に込められていると謂われています。また、境内にそびえる樹齢千年のナギの大樹は熊野権現の象徴として信奉篤く、古来から道中安全を祈り、この葉を懐中に納めてお参りすることが習わしとなっています。この熊野牛王とナギの葉をいただくことが、難行熊野詣を無事果たす大きな支えとなったのです。
千早ふる 熊野の宮のなぎの葉を 変わらぬ千代のためしにぞ折る 藤原定家