■祭神  伊弉諾尊、伊弉冉尊、軻遇突智命
天正の兵火で古記録宝物等焼失ゆえ詳ならす。崇神天皇の御代創建と伝わる。産田は産処の義にして、伊弉册尊がこの地で火の神軻遇突智尊をお産みになったが故に産田と名付けられたという。一説に伊弉冉尊が神退りました地ともいわれる。また、永正十八(1521)年十一月十四日の棟札に「奉棟上産土神社二所大明神」と見え、『紀伊続風土記』によるとこの二所大明神とは伊弉册尊と軻遇突智尊二神を指し、後に伊弉諾尊が併せ祀られるようになったと説く。以上『三重県神社誌』から。

地元に伝わる話では「崇神天皇の夢見により、ここにお祭りされていた神様を熊野に遷したのが、熊野本宮大社の始まりだといわれている。」その証拠に江戸時代までは、産田神社と熊野本宮大社では、同じ巫女舞が伝承されていたという事である。
御由緒
産田神社の本殿(神明造)
1月10日  例大祭 烏帽子、布衣、帯刀の男子二人による御弓の神事を斎行
2月10日  春祭 直会の際、「ホウハン(汁かけ飯一碗、骨付きのさんまずし、赤和え、神酒)」        と称される膳を頂くと厄落としができる。
11月23日 秋祭 
例大祭
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鳥居風景 二又大杉 参道 狛犬
遺跡解説 社務所 拝殿 文化財指定札